Monthly Archive for 7月, 2020

国史跡・松代城跡~長野市

国史跡の松代城跡。
ここは1622年、真田信之(幸村=信繁の兄)が、上田から移封されて以来、幕末まで真田氏10代が城主として続いたお城です。
城跡ですから建物は残っていませんが、城門や木橋、石垣、土塁、堀などが修理・復元されています。
お城についての知識があればあるほど、脳内再現ビジュアルで楽しめる…のが城跡の魅力です。
私はまだまだ足りておりませんけど。

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信州松代観光協会・事務局長の吉池輝樹さんによると、今、『御城印』なるものが盛り上がっているとのこと。
御朱印が寺社の参拝記念であるのと同じように、お城に来た=登城の記念に…と、頒布されるものなんです。
観光協会で準備されていて、デザイン違いや季節限定バージョンもあるそうです。
お話を聞いている間にも、中年男性が御城印をお求めになられてましたよ~。
そういえば、御城印って国宝・松本城にもあったなあ…と思ってたら、松本城は「はしり」で10年くらい前からやってるとのこと。
今、全国で300くらい御城印をやってるらしく、「御城印本」なる図録まで出版されてるんですって!
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さらに信州松代観光協会はすごいものを作ってました!
「御朱印帳」ならぬ「御城印帳」!御城印の紙を保存できるようになっていて、しかも「裏が和紙になっているので、みなさんがお集めになっている“百名城のスタンプ”を押していただける…というのを作りました」と、吉池事務局長。
さらにデザインが…。「信之公が実際に使われた陣羽織と鉄扇という扇、そして六文銭の旗のデザインですね。
色は赤と黒の二色ですが、やはり真田は赤(戦の時の鎧兜が赤備えだった)ということで、赤の方が人気があります」とも。
これ、かゆいところに手が届きまくりの名品といえるのでは?
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そして、六文銭!町のあちこちにあります。
また、松代の城下町のおいしいものをお得に食べ歩きできるように作られたチケットも六文銭!
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なお、松代城の築城は戦国時代。その頃の名前は「海津城」でした。
武田信玄が上杉謙信と戦うための拠点として作らせた城です。
吉池事務局長が「マニアの方はこの城の『石垣がいい』とおっしゃるんです。
山本勘助が設計したと言われてますので、武田神社のある武田城跡に似たような造りの石垣になってると聞いてます。
私、見てもわかりませんけど(笑)」と、おっしゃってました。ふふ。私もわかりませ~ん。
でも、迫力は伝わる気がします。ここから川中島の戦いに出かけて行ったのね~とか、想像できますもの。
そうそう。武田方の拠点であるこの海津城=松代城から、上杉方の拠点妻女山が見えるんですよ。
こんな目と鼻の先同士で戦うんだ~と感慨深いものがありました。
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さらに今回驚いたのは、松代城跡から戸隠連峰が見えること!
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さらにさらに北アルプスも!白馬のあたりだと思われます。
手前の濃い色の山の奥に見える、雪の残った険しい山々がそうです。
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ぜひ、城下町と合わせて、また川中島の戦いの戦場跡と合わせて、松代城跡を楽しんでくださいね。
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【放送を聞く】


□ 信州松代観光協会 →
http://www.matsushiro-kankou.com/
□ ながの観光Net →
https://www.nagano-cvb.or.jp/
□ 長野県公式観光サイト →
https://www.go-nagano.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

佐久間象山のふるさと~長野市松代

幕末の啓蒙家・佐久間象山。開国・公武合体論を主張した人で、砲術や蘭学の第一人者でもありました。
政治思想だけでなく、自然科学分野でも実績を残したすごい人!なんですが、本人の力量と比べて知名度が低い気がします。
教科書も太字だったと記憶してますが…。わかりやすく表現すると、「勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬などの先生」。
ちなみに吉田松陰の密航失敗の折、その手助けをしたとして、地元の松代に蟄居させられました。
佐久間象山の思想がなければ、明治維新やその後の日本は、何か違っていたかもしれないですね。
私たちは佐久間象山を「さくましょうざん」と習いましたが、長野県民は違う。「さくまぞうざん」なんです。
信州松代観光協会・事務局長の吉池輝樹さんは「地元は『ぞうざん』と呼びますね。ぞうざん先生。
観光客の方は『しょうざん』ですねえ。不思議ですが、県歌『信濃の国』の歌詞でも『ぞうざん』です。」と、おっしゃいます。
郷土の偉人としてのポジションは格別で、小学校の体育館には佐久間象山の肖像画が飾ってあるらしいです。
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また、佐久間象山の生誕地は「象山神社」になっています。
もちろんご祭神は象山先生。「学問の神様なんです。
北野天満宮みたいな規模ではないけど、小学生から受験生まで、お詣りに来てますよ」と、吉池事務局長。
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また象山神社の社務所には「ちえもち」なるお菓子が売ってあります。
あんこの小玉を米粉の餅と砂糖で包んだもので、ちょっと懐かしいような素朴な甘さです。
これを食べれば、賢さUP間違いなし!?
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入口の馬上の象山先生の銅像も立派ですが、境内には2018年にお披露目された象山先生を囲む幕末の人々の銅像とレリーフが存在感を放っています。
象山の才能開花の原動力である松代藩8代藩主・真田幸貫公、塾生の吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬、小林虎三郎、橋本佐内。
そして蟄居中に松代まで訪ねて来た高杉晋作、久坂玄瑞、中岡慎太郎。
これらの銅像を作ったのは、AOKIホールディングスの青木会長。長野市生まれなんだそうです。
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奈良井宿~宿場カフェいずみや

中山道・木曽路の宿場町、塩尻市の「奈良井宿」。
南北に1km、東西に200m…川と山に挟まれ、江戸から明治時代の建物が並ぶ街並みは、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。
二階部分が一階よりちょっとせり出した「出梁造り」の家屋が並ぶ様子は、江戸時代にタイムスリップしたかのよう。
そんな古民家が、宿や食事処、カフェ、雑貨店などとなっているので、各お店に入ると、家の造りが堪能できて楽しいのです。
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そんなお店のひとつが「宿場カフェ いずみや」。
築180年の実家をカフェにしたのが、いずみや店主の篠原将宏さん。
篠原さん曰く「うちは平均的、スタンダードな造り」といいます。
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外観の袖壁や格子戸も素敵ですが、中もすごく雰囲気があります。180年、いい感じに燻されてきた梁や、囲炉裏を火鉢でリメイクした空間、格子越しに街道が見えるようにしつらえた席など、わくわくが止まりません。
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基本的に、街道側から家の裏まで土間が通っているのが特徴なんだそうですが、使いやすいように改装して、いずみやでは厨房~ハンドドリップのためのスタンドエリアになっています。
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調度品もすべて実家にあったものだそうで、漆塗りのお椀や火鉢、番傘、さらに職人だったおじいさんのカンナや下駄スケートも!
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「みなさんが『奈良井宿にはすばらしいものが残ってるね』と言ってくれる。
古い家や建物に理解や楽しみを見出していただけるのが一番いいことだと思ってます。」という篠原さん。
「でも本当はピカピカの家の方がいいですよ」…とも笑ってましたが、続く篠原さんの「約200年の間で大工さんが手を入れてるんですけど、それぞれ違う形で直しているところがたくさんあります。
職人さんが一人で200年生きてるわけじゃないので。
大工さんと、住んでる人の『こうしてほしい』という要望がずっと続いてて、今、僕が喫茶店に使ってるということです」という言葉に、古民家の魅力、私たちが古民家に惹かれる理由があるような気がしました。
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店内では篠原さんの淹れてくれるハンドドリップコーヒーと奥様の手作りスイーツが楽しめます。
「奥様は、よきライバル」という篠原さんにその心情を伺うと…。「お客様が『写真撮っていいですか?』と聞くときは、ケーキを撮る。
『おいしい』と言って撮る写真はケーキと空間。
私、悔しいというか…がんばろうという気持ちです」とのこと。
その気持ちを踏まえて写真を撮りました!が、やはりケーキの占有率が高くなっちゃった。
ごめんなさい、篠原さん。でも、奈良井宿の町歩きにしっくりくるブレンドにしたコーヒーは、とーってもおいしいんですよ。
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いずみやでは、さらに着物のレンタルと着付けサービスも展開なさってます。
「着物を着た新鮮な自分とノスタルジックな奈良井宿を楽しんで」という篠原さんの想い、満喫してくださいませ。

【放送を聞く】

□ 宿場カフェいずみや →
https://izumiya.jimdosite.com/
□ 奈良井宿観光協会 →
https://www.naraijuku.com/
□ 塩尻市観光協会 →
https://tokimeguri.jp/
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生産量全国一!信州産レタス ~ JA全農長野

長野県産のレタスは、全国生産量の約35%を占めて日本一。
福岡でも、夏場のレタスはほぼ長野県産。JA全農長野福岡販売事務所・係長の中山祐子さんが、「夏場は全国的に、95%以上が長野県産で埋め尽くされています」と、笑いながらさらりとおっしゃいます。
そう、まさに埋め尽くされている~。
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レタスは冷涼な気候でないと栽培できないので、真夏は栽培できる場所が標高1000m以上などに限られます。
長野県産レタスの強みは「リレー生産」。
準高冷地と言われる、標高700m前後の松本や北佐久で作られたレタスが5~7月に出荷されます。
気温が高くなる7~9月は、標高1000mを超える軽井沢・菅平高原・野辺山高原あたりで作られたレタス。
そして涼しくなりはじめる8月末から11月までは、再び700mエリアに産地が戻ります。
「標高の低いところから始まって、高い山地に繋いでいくという、そしてお客様にもそのまま『長野県産』で供給できるというのが、リレー生産・リレー出荷の強みですね」と、中山さん。
あえてレタスが一番おいしい時期をお尋ねすると「6月末~7月前半」とのこと。
できもいい上に価格もお手頃!なんですって。
朝採りして、一気に真空予冷され、冷蔵・保冷車に載せられて運搬されたレタスたちは、福岡の市場についても冷蔵庫に入れてもらい、競りを経てお店に運ばれます。
前日の朝まで八ヶ岳を見ながら育ったレタスを、翌日の夜には食べられる…コールドチェーンの開発に感謝です。
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生でよし、塩昆布とごま油を使ったサラダもよし、炒め物なら中華系(オイスターソースが中山さんのおすすめ)の味付け、そして味噌汁でもいける(電リクじゃんけんプロデューサーおすすめ)んです。
我が家では鮭と卵とレタスのチャーハンも楽しみました。
成分的にはβカロテンやカリウムといったミネラルが含まれ、食物繊維が多く含まれるレタス。
でも何より水分が多い!「夏の暑い時期は野菜から水分を摂るということでいいのでは?」と、中山さんが教えてくれました。
さらに、ダイナミックなレタスの切り方をご指南いただいてます。
1) レタスの芯の部分を上に置きます。
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2)芯の部分を真下に向かってギュギュっと指で押し込みます。芯と葉が分かれるように、少しへこませる感じで。
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3)芯をつまんで、軽くひねりながら取り出します。
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4)ぽっかり空いた穴に指を突っ込んで、ばりっ!と半分に割りましょう。
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5)あとは、洗って、好みの大きさにちぎります。
昭和の子の中島は、レタスは洒落た食べ物として認識した子供時代を過ごしましたので、昭和4~50年代に新しく輸入されて栽培が始まったのだろうと思ってましたが、実はレタス、平安時代に日本に入ってきたんだそうです。
「当時は薬草として扱われたようです。和名は『ちしゃ』。芯を切った時に白い液体が出るでしょう?あれがお乳のようだというので、乳草→ちしゃに変化したようです」と、中山さん。
今回、いろんな知識をいただき、信州レタスの歯ごたえがあって柔らかくて、甘みと旨味がじゅわじゅわするおいしさを満喫して、レタス愛がぐんぐん育っております。
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