Monthly Archive for 5月, 2020

長野県 伝統的工芸品「農民美術」

長野県の伝統工芸品のひとつ「農民美術」は、農家の人々が手作りで制作した工芸品の総称。
100年前=大正時代に、洋画家で版画家の山本鼎(かなえ)が、現在の上田市で興した芸術運動です。
その作品のなかでも、今、ひそかなブームになっているのが『こっぱ人形(木片人形)』。
高さ5~10Cmほどの木製の人形で、働く人や土地の風俗を模したもので、味わい深くかわいい、そして力強い魅力にあふれています。
畑仕事、郵便配達、スキーに野球…いろんなモチーフがあり、現代版だとサンタクロースなんてのも!
下の写真は、盆踊りの『こっぱ人形』の展示。
サントミューゼ・上田市立美術館の学芸員、山極佳子さんに山本鼎の活動と作品をご案内いただきました。
20200530-001
「農民美術は、農閑期である冬の農民たちの副業として、山本鼎が奨励したもの。
農閑期をより豊かな生活にしていこう=それには、収入を得るということと、収入を得る手段そのもので豊かな心を育んでいくという2つの面があります」と、山極さんの解説。
山本鼎がフランス留学から帰国する時にロシアで見た、農村民たちが創り出した自由な工芸表現が、農民美術運動を興すきっかけだったそうです。
ちなみに山本鼎は、創作版画の第一号。
それまでは、浮世絵など印刷技術としての版画しかなかったのが、山本鼎の「漁夫」という版画作品をきっけに美術としての版画が誕生したのだそう。
農民美術の作品は、どっしりした木彫りの箱やプレートなどなど、素朴で堅ろうなイメージのものが定番。
『上田獅子』のモチーフはお土産や贈答品として親しまれてきたそうです。
上田獅子は上田城築城の時に舞われたことから、家の新築や会社が立ち上がる時に、地固め・縁起かつぎとして送られる風習があるんのだとも。
街なかのお店の看板に使われていたりもします。
20200530-002 20200530-003
そして、もうひとつ、山本鼎が興した運動が「児童自由画運動」。
明治から大正の初めまで、子供への絵画指導は「お手本に忠実に描く」でした。
山本鼎が唱えたのは「お手本を見るより、本物を直に見て、そこから湧き上がる感動を直接絵に描けるようにしたほうがいい」ということ。
現代の私たちが学校で教わった絵を描くことの基本は山本鼎が作ってくれたんですねえ。
そして、この山本鼎。福岡県ともつながりがある人物なんです。なんと、北原白秋の妹=いえ子の夫なんです~。
つまり白秋と鼎は義理の兄弟。山本鼎が白秋の詩集の挿絵を手がけたり、「赤い鳥」「金の船」などに寄せられる絵画作品の選評を担当したりしたんだそうです。
柳川地区のみなさまは特に!上田にお出かけしましょう。
山本鼎の作品や運動、そして関連作品などは、サントミューゼ・上田市立美術館で常設展示されています。
運がよければ企画展にあたるかも!ミュージアムショップで、『こっぱ人形』も購入可能。鳩型の砂糖壺も名品なんだよな~。

【放送を聞く】


□ 上田市立美術館 → 
https://www.santomyuze.com/museum/
□ 信州上田観光情報 → 
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/kankojoho/
□ 信州上田観光協会 →  
http://www.ueda-cb.gr.jp/
□ 長野県公式観光サイト → 
https://www.go-nagano.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

サバ缶に旬?

あるわけないですよね。サバ缶に旬。缶詰ですから。でも、そうとしか言えない状況が発生するのが長野県の5~6月。
食品売り場にサバ缶(水煮)が山と積まれます。箱買いする人もいるほどです。
数年前にサバ缶フィーバーが起こりましたが、そのずっとずっと前から、長野県民はサバ缶をこよなく愛し、その愛のピークが5~6月なのです。
その理由は…山菜やタケノコと併せて食されるから!そう、サバ缶は山菜やタケノコのベストパートナーなのです。
20200523-001
2014年の取材時、安曇野市の赤羽敦子さんは言いました。「サバ缶、箱買いまではしないけど、常に3個はストックしてる。
3個切ったら不安になる」と。赤羽さんは、「『細めの孟宗竹のタケノコとサバ缶のお味噌汁』、『新たまねぎのスライスとサバ缶+しょうゆ』がこの時期の定番」と言います。
「数年前のサバ缶フィーバーのせいで、ストック量が増えた」とも。
安曇野あたりではサバ缶が2個パックになって売ってるそうです。

私と『サバ缶味噌汁』の出会いは、2011年。松本観光コンベンション協会が行なった、アルプス山岳郷エリアへの取材ツアーの昼食でした。
味噌汁の具は、知らない山菜と魚っぽい何か。
「これ、なんですかねえ?」という私の問いに、同行していたコーナープロデューサー(松本市で少年~青春時代を過ごす)が、「ん?山ウドとサバ」と返答。
「え?サバ?」という私のつぶやきと同時に、昼食を囲んでいた30名ほどの福岡のマスコミ+旅行会社の人々が「さば…」「サバ」「鯖」「sava」と、口々に驚きを発するものだから、会場は「サバ」のさざ波~!そのくらい福岡の人間にとっては驚きのメニューだったんです。
が、信州では当たり前。放送前に改めていろんな方にご意見を伺いましたら、個人差・地域差はあるようですが、「この時期『サバ缶のお味噌汁』食べますよ」発言を、たくさんいただきました。
・「庭でタケノコが採れるので、もっぱら自宅か近隣で採れるタケノコが具になります。」
・「これからサバ缶必須のウドの煮物シーズンです。味噌仕立て。」
・「サバ缶とふきを煮たおひたしが出ます。」
うーむ。パワフルなワードが並びまくりです。
北の方は『根曲がり竹』という、人差し指くらいの細いタケノコがメインのようです。
・「箱買いまではしないけど、サバ缶と根曲がり竹のお味噌汁は食べます。」
・「北信出身の奥さんが作ってくれる。」
下記写真は、戸隠のおそば屋さん「岳」でいただいた根曲がり竹の味噌汁です。
20200523-002
若者だって、サバ缶の味噌汁派。
20代女性(白馬村出身・元ミス松本)は「もちろん食べます!サバ缶が甘くて、根曲がり竹がコリコリでおいしいですよね!」と。
同じく大町市の20代女性にいたっては、「山と薮と熊の危険に注意して、半分くらい命がけでタケノコ採りに行きます」との熱い返答。
元鹿児島県のMBC、現在長野県のNBSのアナウンサー・重盛赳男さんは、「南信にある実家では食べない」としたうえで、「山菜に対する熱量は北信のほうがある、気がします」と、おっしゃってました。
アルプス山岳郷の白骨温泉「山水観湯川荘」の齋藤元紀さんが送ってくださった山ウドで、サバ缶味噌汁をいただきました。
山ウドの苦みと食感にサバ缶の旨味…やはり、おいしい。
20200523-003 20200523-004
【 放送を聞く 】


□ 新まつもと物語 → 
https://visitmatsumoto.com/
□ 長野県公式観光サイト → 
https://www.go-nagano.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

国宝・旧開智学校のインターネット展覧会

松本城から徒歩10分。昨年国宝になった「旧開智学校」。
近代学校建築の国宝は初。明治9年に作られた擬洋風建築で、白壁に縦長の窓、塔屋があり、バルコニーには看板を持った天使と龍の飾り付き、等々…といった外観も、紙天井や色ガラスなども採用された校舎内も、見どころいっぱい!
20200516-001 20200516-002

20200516-003 20200516-004
しかし、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、現在は休館中。
で、始まったのがインターネット展覧会。
テーマは「開智学校の長期休み」。7月26日まで過ごし方の注意や、夏休みの課題帳の資料が提示されています。
しかも!4つの年代の課題を仕上げて旧開智学校に送ると、採点してもらえて課題終了証がもらえちゃう!これが、岩波文庫の表紙のような、賞状チックな、いい感じなんです。
インターネットで収蔵品などを見せて下さる美術館・博物館もありますが、解答→採点→認証という双方向な企画は、さすが学校ならでは!最高です。
来週末には模範解答も提示されるようです。
課題は、明治44年の4年生用、大正時代の2年生用、昭和3年の2年生用、昭和6年の5年生用
と4タイプ。毎日何かやるように作られているので、各30ページくらいなのだそうですが、その一部を旧開智学校・学芸員の遠藤正教さんがピックアップなさったそうです。
計算問題、穴埋め作文、指定単語を使った作文に日の出・日の入りの時刻や正午の気温の観察、はたまた絵を描くことまで。
しかも、けっこうな難しさ!今回の出題ポイントは「私が採点できるもの」と、笑う遠藤さん。
課題の中には、「上級編を作る時には出そうかな…」とおっしゃる『大宝律令とは何か答えよ』とか、ハイレベルな問題もあったそう。
そういえば、富永さんと行く信州ツアーの時に、『大化の改新で起こったことは?』『以仁王の乱とは何?』といった歴史問題が試験に出されてたって聞いたなあ。
よかった。昭和の福岡の小学生で。
20200516-005
見学中に、明治天皇にお見せした絵画作品集も見せてもらいましたが、おじいちゃんの描く水墨画とか、大人の描く植物図みたいなのがたくさんでした。
絵を描く場合、明治時代は「お手本に忠実に」が基本で、大正以降は、「生徒の個性を重んじる」方向に変化していくとも。
明治9年(1876)から昭和38年(1963)まで、約90年使われ続けた校舎だからこそ、実際使っていたものの膨大な資料が残されているんですねえ。
20200516-006 20200516-007
【放送を聞く】

□ 旧開智学校 →
http://matsu-haku.com/kaichi/
□ 新まつもと物語 →
https://visitmatsumoto.com/
□ 長野県公式観光サイト →
https://www.go-nagano.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

国史跡・小笠原氏城跡「林城跡」 ~松本市

松本の城といえば「国宝・松本城」!だけではないのです。
松本は、「国史跡・小笠原氏城跡」と合わせて、室町(井川城跡)→戦国(林城跡)→近世(松本城)と、3つの城で城の変遷が追える、城好きの聖地のような場所なのです。
戦国時代の山城である国史跡の「林城跡」の大城を、松本市教育委員会文化財課長の竹原学さんに案内していただきました。
20200509-001
林城を築いたのは、信濃守護の小笠原氏。15世紀中ごろに、井川城から林城(大城・小城)一帯に本拠地を移します。
約560年前に作られた山城は、今も堀切や土塁、石積みが残っています。
山のてっぺんで、城の中心となる平場=主郭の標高は844m。
登り口から高さ200m、距離1km、所要時間1時間ほどのの軽登山です。
登り口付近は、乗鞍岳や三角形の常念岳も見える北アルプス絶景ポイント!
20200509-002 20200509-003
山の尾根には、段々畑のように平場が作られています。
これは松本の山城の特徴のひとつだそう。「特に林城の段々は群を抜いて壮大。
城の中心部に対して周りの段々=平場が広く長くとられている」と、竹原課長。
20200509-004 20200509-005
また、素人の私でも「これ、堀!」とわかるくらいのしっかりした溝が残っています。
20200509-006 20200509-007
堀を固める土塁は壁状態で(角度が30~45度)、見上げるほどの高さ。
高いところでは7mを超えるそうです。「底は平らではなくV字…薬研になっているので、入ると複数人数並ぶことができません。
横一列になった敵を、サイドから一人ずつ始末していけばいい…という作りです」と、竹原課長。写真ではなかなかわかりませんが、かなりのハードモードな作りでした。
20200509-008 20200509-009
城の中心となるてっぺんの主郭は幅23m×長さ60m。
副郭が幅30m×長さ38m。両方とも土塁で囲まれた平場で、松本城が入るほどの広さだそうです。
主郭の奥には一部、戦国時代の石積みも残っています。
20200509-010 20200509-011

20200509-012 20200509-013
甲斐から攻めてくる武田信玄に対抗する城のひとつでもあった林城。
さすがの防御態勢…と感心する私に竹原課長が放った一言。
「これだけ壮大な城を作っていながら、この城…戦をしていないんです。」え?「戦をする前に、武田の強大な力の前に、小笠原氏は自落(降参)しちゃうんです。」と。
ええええええっ?まさかの未使用~!でもそういう城はけっこうあるそうで、「軍事施設としてだけでなく、城主・武家の威信を示すための装置でもある」と、竹原さん。
壮大な城を作る財力、技術、支配力があるってことですもんねえ。
20200509-014 20200509-015
「松本城の天守や石垣をイメージして林城に来ると『何もない』という感じでしょうが、地面に刻まれた堀や土塁、郭の跡を見ながら、当時『どのくらいの兵がいたのか』とか『どこにどんな風に小屋を建てたのか』とか『ここに籠ったのか』とか想像しながら過ごして。
逆に何もないから想像力が働く。城好きにはたまらないところ」と、竹原さんが微笑んでらっしゃいました。
城好き落語家の春風亭昇太師匠も、昼ご飯も食べず電車の時間ぎりぎりまで林城跡を堪能してたらしいですよ。
なお、山城散策は冬場が一番のおすすめ。
木々から葉が落ち、草が枯れると…地形がわかりやすくなり、戦国武将も見渡していたであろう、遠くの山々の連なりが見えるのです。
ただ、「松本は、夏場でも見やすい」と、山城研究の先生方のお墨付きがあるそうです。
夏場もあまり下草がなく、湿度が低くてさわやかなのが原因みたいです。
「地元のみなさんがきれいに手入れしてくださっているので、遊歩道も歩きやすいんです」と、竹原さん。
のちに松本城主となり、その後、明石を経て小倉に入る小笠原氏。福岡の戦国歴史ファンなら行っとかなきゃ!の松本です。
20200509-016 20200509-017
【放送を聞く】

□ 国史跡・林城跡 →
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/smph/miryoku/bunkazai/yamajro/hayashi.html
□ 新まつもと物語 → 
https://visitmatsumoto.com/
□ 長野県公式観光サイト → 
https://www.go-nagano.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

再来年は、諏訪の「御柱祭」!

日本三大奇祭にも数えられる、諏訪の「御柱祭(おんばしらさい)」。
諏訪湖のほとりにある諏訪大社のお祭りで、数え年で7年に一度=寅年と申年の春に行われます(善光寺御開帳の翌年と覚えましょう)。
よく映像や写真で、巨大な丸太柱に人々が乗っかって、そのまま山の斜面を滑り落ちていく…というのが紹介されますが、あれは「木落し」と呼ばれるハイライトのひとつ。
20200502-001 20200502-002
諏訪大社には上社と下社があって、それぞれに二つずつお宮があります(上社=前宮と本宮、下社=春宮、秋宮)。
その計4つのお宮に4本ずつ計16本の柱を建てるために、山から木を伐り出して、里まで運んで、里を巡ってお宮に届けて柱を建てるという壮大なお祭りなのです。
大きい柱だと直径が1m、長さ17m、重さ10tほどになるといいます。
重機や車どころかコロも使わず、人力のみで柱を運び建てるのです。
人力を合わせるきっかけや気合い入れに登場するのが木遣り。うまい木遣りだと、御柱がすっと動くんですって。
20200502-003 20200502-004

20200502-005 20200502-006

20200502-007 20200502-008

20200502-009 20200502-010
そんな話を聞かせて下さったのは、御柱祭のガイド施設「おんばしら館よいさ」でガイドをなさっていた高木利幸さん。
「お祭りが終わると次のお祭りの準備をしてる感覚」だとおっしゃいます。
しかも幼少の頃から常に準備万端だそう。
「保育園の頃から御柱を建ててる」「運動会では木遣り合戦」「好きな人は自分の家にも柱を四本建ててる」…と、エピソードが次々出てきます。
20200502-011 20200502-012
命知らずな「木落し」や、雪解け水の冷たい川を渡る「川越し」などが、見所というかハイライトと言えますが、御柱祭のメインは町なかを柱が移動していく「里曳き」だと高木さんが教えてくれました。
「観光のみなさんが来ても、御柱を曳くことができますし、御柱に乗れます。
それが里曳き。参加型のお祭りですから」とも。
諏訪大社各社に柱が到着して建てられる時も、機械は使わず、木材とロープを組み合わせた仕掛け=テコや滑車の原理で人力のみで行われます。
「おんばしら館よいさ」には、そのミニチュアがあって、「ほう、こんな仕組みになっているのか…」と、感動+理解が進みます。
20200502-013
次の御柱祭は再来年=令和4年。
山出しは、上社が4月2~4日・下社が4月8~10日。里曳きは、上社が5月3日~5日・下社が5月14~16日。
今から、準備いたしましょう。
(なお、放送の木遣りは、2009年夏に収録した、下諏訪町木遣保存会の小松直人さんです)

【放送を聞く】

□ 諏訪大社 → 
http://suwataisha.or.jp/
□ おんばしら館よいさ → 
https://shimosuwaonsen.jp/item/1707/
□ 信州諏訪観光ナビ → 
https://www.suwa-tourism.jp/
□ 長野県公式観光サイト → 
https://www.go-nagano.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/