Monthly Archive for 12月, 2019

富永倫子と行く信州旅・冬 ②

12月11~13日、11人の旅の仲間で二泊三日。信州を旅してまいりました。
富永さんの心に響いた場所の一つが、松本市の「旧開智学校」。
2019年秋に国宝になったばかりです。擬洋風建築の小学校で、明治9年=1876年に完成しました。
時代はまさに文明開化。松本城を中心とした城下町「松本に文明開化を伝えた建物」といえるそうです。
旧開智学校・学芸員の遠藤正教さんに案内していただきました。
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洋風と和風がよく混ざっている“擬洋風建築”の代表作といわれる中でも、正面の部分に特にその要素が集中しているそうです。
龍と天使の彫刻が、建物の象徴となる正面に、派手というか独創的というか…大胆というくらいストレートにこのデザインを詰め込むなんて、今でもなかなかできないだろうと。
その大胆さゆえ、愛媛、静岡、山梨などに多く残る擬洋風建築をぶっちぎっての国宝なのかもしれません。
「龍が一生懸命勉強すれば、雲を突き抜け、天使のいる天井に舞いあがることができる…」と、登竜門伝説と天国が合わさった意匠なわけでもございます。
「これからの時代は、勉強をがんばれば、身分制度がないので、自分の力でいい暮らしができるようになる、国のために役に立つとか宣伝されていました。
よって、松本の人々の学校に対する期待も非常に高かったんです。
これからの時代を担う子供たちを育てるために、巨額の金をかけて、それを自分たちで払って学校を建てたんです。
旧開智学校の建設費は当時の金額で約1万1千円。現在だと約2億円のうち7割を地元の人々が出しているんですね」と、遠藤さん。
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それにしても、旧開智学校がここまで突き抜けた擬洋風建築になった理由として、遠藤さんは、
① 場所が城下町の中心地だったので、学区内に大商人が多く、資金がたくさん集まった。
②明治9年という、文明開化の一番いい時期にできている。(明治10年には、もう文明開化が下火になる)
③作った大工の棟梁=立石清重の技術が高かった…ということを挙げてくださいました。
また、立石清重の残した詳細な記録資料から設計の過程までわかることも、国宝指定の下支えになったそうです。
校舎内には、木製の机といすが並べられており、母校を思い出した富永さんもごきげん。
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しかし、遠藤さんが再現してくださった、明治時代のハイレベルな授業には脱帽でございます。
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また、旧開智学校では日本初の能力別学級編成や、就学できない子供(丁稚奉公、芸者・料理屋見習いなど)のための特別学級、体の弱い子供のための林間学校などが行われていたそうです。
なかでも、子守奉公に出されていた子供たちのために、通常の授業の放課後に授業が行われていた『子守教育』の卒業生の答辞には、心を打たれます。
当時、近隣の岐阜・富山・新潟・愛知あたりでは「松本に子守の仕事に出せば、学校に通える」と、うわさが立ってたほどだったそうです。
「すべての子供に教育の機会を…」と考えていた当時の大人たちの心意気が形になったのが旧開智学校なのだと思います。
教育、学ぶ、ということに興味のある人には絶対訪れていただきたい場所です。
旧開智学校のお隣にある現在の開智小学校の生徒さんが作った『顔はめボード』も楽しい!
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(放送を聞く)

□ 旧開智学校 → 
http://matsu-haku.com/kaichi/
□ 新まつもと物語 → 
https://visitmatsumoto.com/
□ 長野県公式観光サイト → 
https://www.go-nagano.net/
□ 西日本新聞旅行 → 
http://www.nnpryoko.co.jp/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

富永倫子と行く信州旅・冬 ①

12月11~13日、11人の旅の仲間で二泊三日。信州を旅してまいりました。
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長野市の国宝・善光寺に行ってきましたよ。
善光寺は創建1400年。古さゆえ、宗派のないお寺です。
運営(護持)は、天台宗と浄土宗の39の山内寺院のご住職が担当します。
今の本堂は江戸時代の建築。間口が約24m、高さ約30m、奥行き約54m。
木造建築の国宝では国内4番目の大きさ。東日本では最大です。
檜皮葺きの二重の屋根で、撞木作り=T字型になっています。
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仏様の安置されている場所(Tの横棒)の前に長い広間が付い ている(Tの縦棒)…という感じなんですが、これには善光寺の特性が関係しているんだそうです。
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私たちを案内してくださった善光寺蓮華院のご住職・慈圓(じえん)さんが教えてくださいました。「善光寺で一番大きな法要は、お朝事(あさじ)。
朝のお勤めです。365日、日の出時間によって、早ければ5時半、遅くて7時から。
それに出たいがために、昔からみなさん、歩いて命がけで善光寺にお参りなさってきたんです。
本堂の前で夜を明かして夜露に濡れたり、雨風にさらされたりは“かわいそうだ”ということで、本堂の前にお寺側で仮設の屋根をかけたんです。
最初は少しの屋根でしたが、そこに集まる人がどんどんどんどん増えていって、ぐーっとこれだけ屋根が長くなったんです。
今の本堂は築300年。300年前の大火で建て直したんですが、“初めからお詣りの方のために屋根を付けよう”ということで、これだけ長い屋根が付いたんです」と、慈圓さん。
なんと!仏様のための空間より、お詣りの人のための空間が大きいかも。
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また「仏教徒が大切にしているものは“仏法僧”です。仏は仏様。
法は仏様の教え=お経。僧はソウガ。もとはサンスクリット語でサンガ、なんですが、これは仏様を信じるすべての人のことです。
善光寺は仏法僧のなかでも特にソウを大切にするお寺です。」と、慈圓さん。
「善光寺は3つの中で、特にお詣りする方を大切にしなさいという伝統があるんです。
39の山内寺院=脇寺はすべて宿坊になっています。
“本堂の中に泊まりきれない人が出てきたから、脇寺に泊めなさい”ということで39の宿坊ができた歴史があるんです。」とも。
さらに「お詣りの皆さんを、駐車場まで我々が迎えに行って、時間の希望内でいくらでも案内をする…そんな寺、なかなかありません」と、笑いながらおっしゃってました。そうなんですよ~。
ありがたいことです。
慈圓さんのやさしいお顔に見送られて、本堂地下部分の完全なる暗闇回廊=お戒壇を歩いて、仏様との縁を結べる鍵を触って、極楽浄土への歩みを固めさせていただきました。
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本堂・山門・経蔵と回った後は、善光寺玉照院に移動して、ご住職の山ノ井大樹さんの指導の下、お数珠を作ります。
ご住職の数珠にまつわるお話もおもしろい!
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色選びに迷い、シリコンゴムの糸を通すのにあたふたし、玉結びに緊張しつつも、なかなかの名品が完成しました。
仕上げは、ご住職の般若心経の読経!男性も大満足のお数珠作り体験でした。
富永ツアーの行程を参考になさりたい方は、コラボレーションしてくれた西日本新聞旅行にご相談くださいね。
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(放送を聞く)

□ 善光寺 → 
https://www.zenkoji.jp/
□ 善光寺玉照院 → 
https://www.tera-buddha.net/nagano-gyokushoin/
□ ながの観光コンベンションビューロー → 
https://www.nagano-cvb.or.jp/
□ 長野県公式観光サイト → 
https://www.go-nagano.net/
□ 西日本新聞旅行 → 
http://www.nnpryoko.co.jp/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

松本「あめ市」

松本市の中心市街地で、毎年1月第二土・日曜日に行われるお祭りが「あめ市」。
もとは1月10・11日に行われていた、この「あめ市」。
歴史は古く、江戸時代から続いているお祭りで、新年の初市にお祭りが重なっていったようです。
そこへさらに、上杉謙信から武田信玄に「義塩」がおくられた=敵に塩を送る=故事が重なって、あめ市伝説が面白くなっていきます。
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辻々に商売の神様がお祀りされ、それがそのままお神輿になり街を練り歩きます。
町会ごとに神輿をかつぐ掛け声も違います。
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練り歩きながら、一軒一軒お店の玄関先に「やーっ」という声とともにお神輿の先端を入れ込みます。
これが「練りこみ」。
「市神様、福の神様が入るので、お店の人も拍手して歓迎するんですよ」と、松本まるごと博物館友の会会長で『知新堂』会長の横沢徳人さんが話してくださいました。
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街角では地元の子供たちが、福だるまや福飴を販売しています。
「縁起物のだるまはいかがですか~」「縁起のいい飴はいかがですか~」と、元気に声を張り上げています。昭和9年生まれ(取材時85歳)の横沢さんの子供のころも同様だったそうですが、人数が多かったので、今より派手だったようです。
小正月のおかゆにあめ市の塩を入れると健康に過ごせるということで、塩も売っていたそうです。
「お十五日のおかゆの塩はいかがですか~」と。
だるまは、定点のみならず、持ち出して訪問販売状態だったとか。
「“だるまどうですか~”って言ってね。6年生が中心で、商売の勉強をしたわけ。
どのくらい売れるか、他の町内と競争もしてたねえ」と、横沢さん。
「一番寒い時に“あめ市らしい寒さだね”って言いながら、地域の商人(あきんど)の意気を見せる、商都松本らしい祭であり続けてほしい」ともおっしゃってました。
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(放送を聞く)

□ 新まつもと物語 → 
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□ 長野県公式観光サイト → 
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□ FDA フジドリームエアラインズ →
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