高遠石工

桜の名所高遠城址のある伊那市。江戸時代、「高遠石工」と称される石大工集団の本拠地だったそうなんです。
詳しいお話を、一般社団法人 高遠石工研究センター事務局長の熊谷友幸さんに教えていただきました。
高遠の石工は、江戸城の建築などにも携わってますが、江戸時代=災害や病気の多かった時に、庶民の信仰のよりどころとしての石人石仏を、今の青森県から山口県まで、旅稼ぎ石工として全国に出向いていたのだそう。
しかも名前がわかっているだけで約1400人。
名前が記されているのは石工のリーダーでしょう。
基本は五人一組で動いていたので、×5。
高遠石工人口、すごい数です。「高遠石工の派遣は、高遠藩が推進していました。
なぜなら、確実に年貢が取れるから。内藤のお殿様が派遣を奨励した時期は、全国各地で庶民がお墓や石仏を作りたがった時期とうまく重なった」のだそうです。
年によっては、高遠藩全体の年貢の3分の1は高遠石工が納めていたほどだとか。
藩財政の柱だったんですねえ。
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それら高遠石工の中でも、名工といわれたのが『守屋貞治(もりやさだじ)』。
この人の作品がたくさんあるのが伊那市高遠の建福寺です。
寺に至る階段のそばに「西国三十三カ所観世音菩薩」が並びます。
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「円空や木喰といった近世的自己表現をした人に比べるとクラッシックな仏師ですが、ところどころに数珠や獣をしのばせたり、阿修羅のような顔に仕立てたり」といった特徴もあるそうです。
施主さんの家に長期滞在して石を彫り続ける石工だからこそ、施主さんの思いをしっかり聞き取り、像に反映させたのだそう。
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「石仏の命は顔。季節、時間によって表情が違う」と、熊谷さん。
「ライトアップの時期にもぜひ見てほしい」と、おっしゃいます。
「ちょっと忙しすぎる現代人に元気を与えてくれると思いますよ」とも。
石仏と同時に、中央アルプスと南アルプスの仙丈ケ岳の山並み(伊那市民の好きな山)も見て、春だと桜もだーっと咲くのが楽しめるそうです。
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(放送を聞く)

□ 高遠石工研究センター → 
http://site.takato-ishiku.com/
□ 伊那市観光協会 →  
https://inashi-kankoukyoukai.jp/contents/archives/34795
□ 長野伊那谷観光局 → 
http://www.inadanikankou.jp/
□ 長野県観光機構 → 
https://www.nagano-tabi.net/
□ FDA フジドリームエアラインズ →
http://www.fujidream.co.jp/

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