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19回目は梅花の宴が行われた大伴旅人邸はどこ?
2020年2月9日

梅花の宴が行われた大伴旅人の館は現在三つの候補地がります。
一つは昨年の令和が決まって以来たくさんのお客様で賑わっている坂本八幡宮の近く。
これは九州大学の竹岡勝也教授が提唱された地で根拠の一つに坂本八幡宮の近くに大裏(だいり)という小字名があるということ。
これを天皇の住まいである内裏と考えたという説です。
二つ目は都府楼の入り口にある太宰府館の東側にある月山地区。この辺は建物跡があった場所です。
月山という丘があり、近くに住居跡があるところからこの辺ではとみているのが大野城市の心のふるさと館の赤司館長。
三ツ目は太宰府市教育委員会文化財課の井上信正さんの説で太宰府条坊の中の朱雀大路沿いという説。
朱雀大路の西側には菅原道真公の住まいだった榎社があります。
その反対側の東側の小高い丘に道真公の子供の隈麿公の墓があります。
この辺ではないかというのが井上説です。この辺からは高位の方が身につけていた白玉帯の白玉が出土しています。
三つの説をじっくりお聞き下さい。

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太宰府に左遷された菅原道真公の住まい=最期の地=府の南館=現・榎社と、朱雀大路をはさんで向かい側の小高い丘の上に、道真公の息子・隈麿公のお墓があります。
小さな社の内に腿の高さくらいのベージュの山型の石があり、地元・榎の方々が大切に守り続けています。
このお墓を傍らと背後から抱くように2本の梅の木があるのですが、ここに「6弁=6枚花びらの梅」が咲くのです。
目を凝らして必死に探しました~。案内してくださった、古都大宰府保存協会・学芸員の田中健一さん曰く「お墓の下の“榎スポット公園”にある漢詩の碑を忘れずに見てください。
道真公の愛息への想いが刻まれています」とのこと。これ、涙が出ちゃいます。

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