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10回目も神功皇后の足跡の残る神社を紹介していきます。
2018年12月8日

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※写真は粕屋郡久山町の斎宮
日本書紀には神功皇后が小山田邑に斎宮を作らせたとあります。古賀市小山田には小山田斎宮という場所があります。
ところが粕屋郡久山町山田という所にも斎宮があるのです。少々混乱をきたすのですが綾杉さんの説では仲哀天皇が亡くなった後、崩御の原因を明らかにするために籠もった場所が古賀市の小山田斎宮で、応神天皇出産の後香椎宮から疎開した宮処が久山町の斎宮ではないかとみています。
その警備の面からみますと、地形上も敵に攻められないような地形の地に久山町の斎宮は建っており、そこへの入り口を武内宿禰がしっかり警備を固めていました。
それが久山町の黒男神社です。トリアス久山の裏にあります。
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筑紫野市原田の「筑紫(つくし)神社」。平安時代の延喜式にも記されていたこの神社は九州=筑紫(つくし)の島の語源とも言われます。
宮司の味酒安志(やすゆき)さんと奥様の京子さんにお話を伺いました。
この筑紫神社で、来年の元日からお土産お菓子が発売になります。
その名も『おがたまのごまサブレ』。地元のダシ屋さん“味の兵四郎”さんが作ってくれました。
ネーミングの由来は、御神木の招霊(おがたま)の木から。実を付けた招霊の枝は、巫女さんが舞を舞う時の神楽鈴の原型と言われています。
高さ25m・幹回り3mは県内でも最大級だそうです。3月半ばには白い小さい花をつけるとか。また冬の間咲き続ける“根性桜”の十月桜も咲いてますよ~。

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