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8回目は神功皇后の足跡を追跡します。
2018年11月24日

神功皇后は那珂川市に裂田の溝という用水路を作ったりしますが、神功皇后は何故九州へやってきたのか、どういうルートでやってきたのか、という謎が残ります。
今回は神功皇后研究の第一人者、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんにその謎を解き明かしていただきます。
神功皇后の夫は仲哀天皇です。
河村さんの話では、二人が九州へやってきたのは熊襲が反乱を起こしたからでした。
神功皇后は福井の気比の宮から、そして、仲哀天皇は和歌山からそれぞれ兵を率いて下関へやってきます。拠点を構えたのが豊浦の宮(忌宮神社)。
そして、二人は別々のルートで香椎宮へやってくるのです。

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香椎宮雅楽保存会の演奏会が、12月9日(日)18時半から、JR千早駅前のなみきスクエアで行われます。
雅楽の始まりは、三韓に渡り大陸文化を持ち帰った神功皇后といわれているそうです。
管弦や舞だけでなく、漢詩を管楽器の伴奏で唄う朗詠も今回の聴きどころ。
楽器の解説なども用意されていて、初心者でも安心です。
ちなみに、簡易な楽器は5~6千円から手に入るそうで、「見学に来て、いつでも入会できますよ」と、香椎宮雅楽保存会事務局で香椎宮権禰宜の楠本展将さん。
また、お仕事リタイア後におじいさんの篳篥を手に参加している舞松原在住のミキさんが、舞松原は神功皇后が舞を舞われた場所ということから地名が付いたと教えてくれました。
舞扇の発案も神功皇后だとか。
演奏会のチケット・入会とも、問い合わせは香椎宮092-681-1001へ。

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