16回目は沖の島遙拝についてお送りします。
2019年1月19日

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神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界文化遺産に登録されましたが、その時評価されたのが古代から現代に続く信仰でした。
その遙拝を調べてみました。
実は、沖の島を遙拝する信仰が残っているのは、漁師さんの世界ばかりでなく、農村にもあるのです。
その内の一つが福津市手光(てびか)というところに残る「沖の島ごもり」又は「万年願」ともいうものです。
ここでは、毎年5月の田植え前に苗代ごもりという行事と共に沖の島を祈る「沖の島ごもり」が行われています。
場所は手光公民館の目の前にある須賀神社の境内です。
ここから沖の島の方向を向いて祭壇を作り、神職に祝詞(のりと)をあげてもらいながら沖の島をひたすら祈るのです。
この沖の島ごもりが行われるようになったのは明治時代、赤痢が大流行して手光地区の人たちも大きな被害が出ました。このことから沖の島の遙拝が始まったそうです。
そして、その場所は戦前までは沖の島が見える竹の山で行われていました。
しかし、残念ながら今ではその場所は全く分からなくなっていました。
そこで、昨年12月地元の人21名でその場所探しが行われたのでした。
果たして、その場所は分かったんでしょうか...
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15回目も志賀島を歩きます
2019年1月12日

13日に迫った志賀海神社の歩射祭を前に志賀海神社と神功皇后の関係を見ていきます。
この島は安曇族の拠点となった島です。安曇族は安曇の磯良らが神功皇后朝鮮出兵の際水先案内をした一族。ですから、神功皇后関連の話がたくさん残っています。
本殿の右側にあるのがその安曇の磯良を祀った今宮神社です。
今宮神社のすぐ横の林の中にあるのが長生き竹。
朝鮮出兵の際、船の帆柱か、どこかに使われたといわれる竹で、ちょっと変わった竹です。
何しろ節と節の間が長く、直径10センチ程の竹の節は1メートルくらの節の長さがあります。
何でも神功皇后が朝鮮出兵のお礼に子孫が繁栄するようといって植えたとか。
本殿の手前の蔵の中にはシカの角がたくさんあります。
神功皇后が朝鮮に出兵する際、対馬で鹿狩りをして出兵に成功したところから後の世の武将達が戦勝祈願のためにシカの角を奉納したものだとか。
1万本近くもあるそうです
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14回目になる今年1回目は志賀の島を歩きます。
2019年1月5日

志賀の島はかつて朝鮮半島の国々との交易に携わった安曇族の拠点でした。
この島の神社、志賀海神社には代々受け継がれてきた様々な祭、習慣といったものが現在も色濃く残っています。
この島は8という数字を重んじます。様々な行事が8という数字をもとに行われます。
1月13日に行われる歩射祭は、射手士は8人。祭りの世話人が8人。お宮に仕え舞を舞うのが8人の乙女、と言った具合。
そして、歩射祭の前日行われる行事に胴結舞というものがあります。
これは新参者の射手士を鍛える行事で、重さ1トンもある胴結というワラ束を一人の射手士に背負わせ、後ろから射手士が支えてあげながら歌に合わせて町内を練り歩くものです。
そして、午後からは神社の北の方角、勝間の海岸にある沖津島へ渡って、ガラモという海藻を新参者を海に潜らせてとり、沖津宮へ奉納するのです。
その後、歩射祭が行われるのです。
こんな行事が志賀の島には残っているのです。
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志賀島で採れた完熟の特大あまおうに濃厚なアイスクリームがギュッと入った、しかも指輪が付いているスペシャルアイスがあるんです。
それが「いちごのともや」の『苺の実アイス』。
見ても食べても心が躍る、ステキなデザート!テイストはバニラ・チョコ・いちごみるくの3種類。
考案したのは、若きイチゴ農家・いちごのともや代表の田中智哉さん。農産物を使った商品を作りたくて農業の世界に入ったという人です。
無理な加温をしなくても、赤くて大きく育てられる志賀島のあまおうを、もっと世に知らしめて、恩返しをしたい…ともおっしゃってました。
現在、勝馬地区の「浜幸屋(はまっこや)」で、買えます。
2月からは改装後の「志賀島センター・島の幸」、GWからは改装後のホテル「ルイガンズ」でも買える予定です。

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13回目は福津市の新原・奴山古墳を歩きます。
2018年12月29日

神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界遺産に登録されましたが、その構成資産の一つ、福津市の新原奴山古墳を福津市教育委員会文化財課の池の上宏さんの案内で歩きます。
ここは、いつ来ても風が強く、当日も冷たい強風の中、古墳を歩きました。
今回は古墳入門といった感じで古墳のイロハを伺いながら歩いています。
前回紹介した縫い針に関連した神社~縫殿神社の祠が22号墳という宗像の君の墓だとみられる前方後円墳の円墳の上にあります。
縫い針は近くの古墳から出土しています。
鐘崎には織幡神社もあり、この辺はどうやら織物と結びついた地であったと思われます。
池の上さんから耳よりの情報がありました。
「みちびき沖の島」というアプリができたそうです。
これをスマホに入れると沖の島がライブで見られ、又沖の島の方角や、沖の島が見えるポイントとを教えてくれるそうです。

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新年のお詣りは、世界遺産構成資産のひとつ、宗像大社辺津宮へ。
新春恒例、ワンコイン500円での景品付きおみくじも楽しめます。
また、宗像大島の氏子さんたちが作って奉納したしめ縄も必見。
漁で使う釣り糸=テグスを巻きつけた独特の形なんですよ。
今年のトピックスは、神宝館で開催中の特別展「沖ノ島国宝展×藤原信也展」。
好評につき1月31日まで期間が延長になりました。
宗像大社広報担当で権禰宜の鈴木祥裕さんに、お好きな写真や、新年のお詣りの基本を教えていただきました。

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12回目は福津市のカメリア・ステージ資料館を訪ねます。
2018年12月22日

神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界遺産に登録されましたが、その構成資産の一つに福津市の新原奴山古墳があります。
福津市にできたカメリアステージ資料館には、その新原奴山古墳の出土品や福津市で出土したたくさんの出土品が非常にわかりやすく展示してあります。
特別展示室には古墳ごとに出土品を展示。
中でも奴山・正園古墳から出土した縫い針は注目です。何故なら、出土した近くには縫殿神社があり、洋裁に携わる人の信仰を受けている神社があるのです。
針は2本~3本束になって竹の筒に入っています。
この縫い針と縫い殿神社と関連があるのではないかと思われるのです。
興味ある出土品です。
新原・奴山古墳に行く前に是非見学したいところです。

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お正月準備の強い味方、「道の駅むなかた」。特に12月28~30日の『ブリ』の販売がおすすめ!と、水産・加工課長の林信宏さんがおっしゃいます。
「道の駅むなかた」のブリは「“超”鮮度」がウリなので、魚の見極め力は不要。自分の必要な分量だけ考えて買えばいいのです。
「刺身に飽きたら、しゃぶしゃぶもおいしいですよ」ともおっしゃいます。
また、鐘崎のお正月料理「のうさば」も、注目の一品です。年内は12月30日まで、新年は1月6日からの営業です。
新年は、先着200名様にエコたわしをプレゼント!

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11回目も神功皇后の足跡が残る神社を紹介していきます。
2018年12月15日

朝倉市の美奈宜神社の社名の美奈宜は地名の蜷城(になぎ)からきているそうです。
この地域は羽白熊鷲に苦しめられた地域だったそうで、これを救ってもらおうと神功皇后に頼むのです。
すると、神功皇后は神に祈って塩干る玉を使って川の水をからからにし、川蜷に頼んで一晩で城を作り、塩満玉を使ってこれに城の壕に水を入れ、水攻めにして滅ぼしたということです。
これが社名の由来だとか。
皇后軍の羽白熊鷲の攻撃は朝倉市を流れる二つの川をうまく利用しています。
羽白熊鷲の根拠地古処山を東の佐田川と西の小石川の両方から攻めています。
その東の川近くに美奈宜神社が、西の川近くに大己貴神社があるのです。

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見たこともないようなきれいなピンク色のドレッシングが、朝倉から生まれました。
その名も「乙女の花ドレ」。ピンクの素は…コスモスの花!着色料や発色剤など一切なし!誕生の背景には、平成29年の豪雨災害で被災した黒川・宮園地区のおばちゃんたちの愛がありました。
仮設住宅に移らざるを得なかった人たちがお盆に帰ってきた時に、「復興が進まず荒れたままの土地を見るのは寂しいだろう」と植えたコスモスが、見るだけでなく食べられる商品になったのです。
製品化のコーディネートを担当したのは、黒川にお住まいで被災し、現在は仮設住宅で暮らしている、あさくら観光協会事務局長の里川径一さんです。
ドレッシングは甘木鉄道甘木駅にある観光プラザ「ほとめく館」で買えます。甘鉄もピンクの車両~。

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10回目も神功皇后の足跡の残る神社を紹介していきます。
2018年12月8日

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※写真は粕屋郡久山町の斎宮
日本書紀には神功皇后が小山田邑に斎宮を作らせたとあります。古賀市小山田には小山田斎宮という場所があります。
ところが粕屋郡久山町山田という所にも斎宮があるのです。少々混乱をきたすのですが綾杉さんの説では仲哀天皇が亡くなった後、崩御の原因を明らかにするために籠もった場所が古賀市の小山田斎宮で、応神天皇出産の後香椎宮から疎開した宮処が久山町の斎宮ではないかとみています。
その警備の面からみますと、地形上も敵に攻められないような地形の地に久山町の斎宮は建っており、そこへの入り口を武内宿禰がしっかり警備を固めていました。
それが久山町の黒男神社です。トリアス久山の裏にあります。
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筑紫野市原田の「筑紫(つくし)神社」。平安時代の延喜式にも記されていたこの神社は九州=筑紫(つくし)の島の語源とも言われます。
宮司の味酒安志(やすゆき)さんと奥様の京子さんにお話を伺いました。
この筑紫神社で、来年の元日からお土産お菓子が発売になります。
その名も『おがたまのごまサブレ』。地元のダシ屋さん“味の兵四郎”さんが作ってくれました。
ネーミングの由来は、御神木の招霊(おがたま)の木から。実を付けた招霊の枝は、巫女さんが舞を舞う時の神楽鈴の原型と言われています。
高さ25m・幹回り3mは県内でも最大級だそうです。3月半ばには白い小さい花をつけるとか。また冬の間咲き続ける“根性桜”の十月桜も咲いてますよ~。

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9回目は神功皇后に関連する神社を紹介していきます。
2018年12月1日

神功皇后と夫の仲哀天皇は下関から香椎へとやってきます。そして、香椎宮を拠点とするのです。ところが、ここで仲哀天皇が急死してしまいます。
仲哀天皇の死については、「新羅を攻めよ」という、神がかりした神功皇后のおつげを聞かなかったために亡くなったのだ、という説と敵の矢に当たって亡くなったという説があります。
各地の神社に残る伝承も様々です。そこで今週は神功皇后の伝承が残る神社を尋ねます。
まず、紹介するのは敵の矢に当たって亡くなったという伝承のある小郡市の御勢大霊石神社から。
ここの神社の拝殿の前には御本体所という仲哀天皇の剣と衣を納めたという場所があります。
話は「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに伺っています。
綾杉さんの話では矢を射られた敵は熊襲ではなく、熊鷲ではなかったかということです。

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朝倉エリアで最近注目を集める伝統食「蒸し雑煮」。
地域全戸ではありませんが、朝倉のお正月のお雑煮は「餅入りの茶わん蒸し」なんだそう。しかも丼サイズ。
蒸し雑煮誕生の背景には、享保の大飢饉や福岡藩の長崎警備任務などがあると、朝倉市役所観光振興係長・隈部敏明さんが教えてくれました。
今年は21の飲食店が通年、または期間限定で提供していて、お出かけ時に食べられますし、お土産用のレトルト「蒸し雑煮」も朝倉市観光協会ほとめき館などで販売しています。

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8回目は神功皇后の足跡を追跡します。
2018年11月24日

神功皇后は那珂川市に裂田の溝という用水路を作ったりしますが、神功皇后は何故九州へやってきたのか、どういうルートでやってきたのか、という謎が残ります。
今回は神功皇后研究の第一人者、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんにその謎を解き明かしていただきます。
神功皇后の夫は仲哀天皇です。
河村さんの話では、二人が九州へやってきたのは熊襲が反乱を起こしたからでした。
神功皇后は福井の気比の宮から、そして、仲哀天皇は和歌山からそれぞれ兵を率いて下関へやってきます。拠点を構えたのが豊浦の宮(忌宮神社)。
そして、二人は別々のルートで香椎宮へやってくるのです。

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香椎宮雅楽保存会の演奏会が、12月9日(日)18時半から、JR千早駅前のなみきスクエアで行われます。
雅楽の始まりは、三韓に渡り大陸文化を持ち帰った神功皇后といわれているそうです。
管弦や舞だけでなく、漢詩を管楽器の伴奏で唄う朗詠も今回の聴きどころ。
楽器の解説なども用意されていて、初心者でも安心です。
ちなみに、簡易な楽器は5~6千円から手に入るそうで、「見学に来て、いつでも入会できますよ」と、香椎宮雅楽保存会事務局で香椎宮権禰宜の楠本展将さん。
また、お仕事リタイア後におじいさんの篳篥を手に参加している舞松原在住のミキさんが、舞松原は神功皇后が舞を舞われた場所ということから地名が付いたと教えてくれました。
舞扇の発案も神功皇后だとか。
演奏会のチケット・入会とも、問い合わせは香椎宮092-681-1001へ。

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7回目は福岡市東区に残る神功皇后の足跡を訪ねます。
2018年11月17日

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※写真は石の亀
福岡市東区奈多は海岸の近くにある町です。ここの海岸近くにある志式神社。
ここに神功皇后の足跡が残っていました。
例年11月19日の夜行われる神事に「早魚神事」があります。早い魚と書いてハヤマと読みます。これは魚を早くさばいていく神事です。
神事の由来は、神功皇后が朝鮮に出兵されるときここに軍議所が設けられたところから、神功皇后饗応の奉仕が早魚神事になったといわれます。
神事は4人一組の地区の代表がもう一組の代表と塩鯛を裁いてヒレを座元に差し出す競争です。
これを昔は競争で行っていました。勝った組がその年のいい漁場を手にすることができたんだとか。
現在は、神事をきちんとふた組そろって行うようになったそうです。
行事が始まるのは19日の午後7時すぎ、そこからお神楽がはじまり、早魚神事が始まるのは午前零時を回ってからとなっています。
神社の拝殿の横には志賀海神社にあると同じ石の亀が一つありました。

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新原奴山古墳群がイルミネーションで彩られます。
その名も「古墳 de イルミネーション」!12月7日までの毎日、17時半から22時まで。前方後円墳の30号墳周辺が中心です。
作成には、地元の勝浦地域郷づくり推進協議会の皆さんを柱に、勝浦小学校の子供たちも参加。
竹灯や竹で作ったオブジェ、ツリーを飾るイルミネーションの輝きに加え、古墳そのものもライトアップ!本来真っ暗な古墳群ゆえ、かなり目を引く輝きになるそうです。
「“自分たちの地域に世界遺産がある”という誇りのようなものを、何とか伝えていかねば…という感覚は少しずつ大きくなってきていると思います」と、福津市郷づくり支援課課長の花田孝信さんが話してくださいました。

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