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24回目は神功皇后のショウケ越えからの足跡です。
2018年3月17日

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※写真は大分八幡宮の招き猫
仲哀天皇と神功皇后は下関の豊浦宮を発ち九州へやってきます。
仲哀天皇は途中急逝しますが、神功皇后は香椎宮本拠地として熊襲討伐、そして朝鮮にも出兵して香椎へ戻ってきます。
そして、宇美で応神天皇を出産。
その後、宇美町のショウケ越えから飯塚方面へと向かいます。それからの足跡を「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに伺います。
まず、神功皇后一行が向かったのは大分(だいぶ)八幡宮。
ここには応神天皇のための産湯の井戸も残っています。また、本殿の裏山は未発掘の前方後円墳もあります。
ここで、これまで従ってきた軍兵を故郷に帰らせたというところから、「おおわけ」といったそうですが、それが「だいぶ」と読まれるようになったとか。
神功皇后はこの神社から行橋方面へぬけ、周防灘から大分さらに宮崎方面へと旅をします。

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福津市の新原奴山古墳群では、遺跡周りの整備が進んでいます。
まずは4月から、展望所エリアの整備が完成、利用がスタートします。
展望エリアが広がり、遊歩道へのアプローチも変更されて、これまでよりスムーズに展望が楽しめるようになるとのこと。
お手洗いや東屋もできあがります。
また、古墳そのものの崩落を防ぐためになされる保全工事に伴って行われる調査も、来年度はさらに進み、新たな発見が報告されるかもしれません。
福津市教育委員会文化財課史跡整備係長の井浦一さんに伺いました。
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