21回目は唐津市の神集島を歩きます。
2017年2月18日

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※写真は神集島
唐津市の神集島は神功皇后が朝鮮出兵の際に軍船を糸島半島から壱岐、対馬へと進める途中立ち寄った島の一つです。
島には神宮皇后伝承が満ちあふれています。
島の周囲は6.5キロ。高いところで85メートルです。お椀を伏せたような島です。
現在島の人口は350人です。
御案内を神集島区、区長の高崎正幸さんにお願いしたのですが、島の隅々まで知り尽くしている方だけあって神集島のあらゆるご紹介をしてくださいました。
まず、島の入り口にあるのが神功皇后と強い結びつきのある住吉神社。
鳥居は海の中にあります。
神社近くはハマユウの群生地になっていて、6月頃はとても美しい花をつけるそうです。現在はアロエが群生していて朱色の花をつけていました。
そして、驚いたのはここに元寇の碇石が置いてあったことです。
何でも近くの海で見つかったものだとか。
そして、この島は万葉の歌碑が7つもあるという島でもありました。

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20回目は神功皇后朝鮮出兵前の足跡を辿ります。
2017年2月11日

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※写真は香椎御島
神功皇后は朝鮮へ出兵する前にまず香椎宮の西側の海岸で髪占いをやります。
頭を海水でそそぎ、「もし霊験があるなら髪がひとりでに別れて二つになりますように」と海のよびかけます。
この髪占いを行った場所は香椎浜の御島のことであるといわれます。現在は海中に鳥居があって付近に小さい岩がいくつかあります。
こうして髪を海水に浮かべたところ、ひとりでに別れて二つになったといわれます。
そのあと、群臣たちと和白で軍議を開きました。そして宗像を歩きます。
宮地嶽神社へ行き、神湊から大島にも渡っています。
どうやら海を渡るため、海神族である宗像族、安曇族を味方にするためであったといわれます。
そして、志賀島の安曇の磯良を水先案内人として朝鮮半島へ向けて出航することになるのです。
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現在「鐘崎 天然とらふくフェア」が、宗像市・福津市・北九州市・岡垣町・宮若市で開催中です。
地元ならでは!の極上品をリーズナブルにいただくチャンスです。
宗像漁業協同組合の代表理事組合長・中村忠彦さんに教えていただきました。
中村さんはふくの鍋の後の雑炊が一番お好きだそう。
また、超レアなふくの「白子酒」も絶品だそう。
ふく漁には、事故のないよう、また資源を守るために厳密なルールが決められています。
鐘崎の漁師さん達の気合と思いが、ずっしり伝わってきます

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19回目も九州国立博物館で開かれている「沖の島と大和朝廷」展を掘り下げて みていきます。
2017年2月4日

沖の島の祭祀遺跡は沖の島にある巨大な石を中心に4つの段階に分類できます。
その一つ一つの段階を見ていき出土品に注目してみていきます。
金製の指輪や金銅製竜頭は勿論注目されますが、中でも興味を引くのは滑石製の子持ち勾玉です。
勾玉の形をしたものでお腹の部分にもう一つの小さな勾玉をもっているものです。
これは沖の島に特徴的な出土品で大和朝廷と密接な関係があった奈良県三輪山山麓で出土するものだそうです。
つまり、沖の島と大和朝廷を結ぶ重要な出土品といえます。
もう一つは車輪石です。これは2枚貝のオオツタノハを真似て作ったものでこれも権威の象徴だった貝の装飾品を模して作ったものです。
素材は福井・新潟でとれる碧玉、でデザインは南の島の貝、大和朝廷の人たちはこういったものを組み合わせて新しいものを作っていったんだそうです。

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九州国立博物館で開催中の「宗像・沖ノ島と大和朝廷」特別展に合わせて、ミュージアムショップも古代史関連グッズが充実しています。
担当の平田美紀さんに人気の商品を教えてもらいました。
まずは文具。人気のますて=マスキングテープをはじめ、古墳型クリップ「くりっ墳(ぷん)」や古墳型付箋。また素焼きのミニチュア埴輪も人気だそう。
沖ノ島の海水から作った塩を入れた、粋工房製作の朱色のガラス「沖ノ島朱(あか)」シリーズや津屋崎人形もありますよ。

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18回目は沖の島と大和朝廷との関係をさぐります。
2017年1月28日

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※写真は新原・奴山古墳
太宰府市の九州国立博物館では現在「沖の島と大和朝廷」展を開催中です。
そこで知りたいのは、何故沖の島と大和朝廷が関係があるのか、です。
その歴史的背景を理解してみると見方が全く違ってきます。
案内していただいたのは九州国立博物館の展示課研究員の小嶋篤さん。
小嶋さんは当時の大和朝廷と朝鮮半島との国々との関係などから朝鮮半島に近い沖の島で祭祀が始まったとみています。祭祀の目的は航海の安全と国家の安寧です。
そして、それを証明するのが数々の出土品。大型の70面を越える青銅鏡などは畿内の首長墓から出土するところから沖の島の祭祀の主体が大和朝廷であるのがわかります。
そして、その祭祀を行ったのが宗像の君といわれる海洋族。
その宗像の君のお墓が新原・奴山古墳群になるわけです。
新原・奴山古墳、今はあまり騒がれもせず、静かにゆっくりと見学できます。
新原・奴山古墳を先に見学してこの特別展を見るとまた違った角度で楽しめます。

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宗像・沖ノ島と関連遺産群の世界遺産登録を応援している「ぎょうざの山八」。
本店と工場は福津市中央4丁目にあります。
さらに新原奴山古墳群の近くで野菜も育ててらっしゃいます。
副社長の渡辺克也さんのこれからのオススメは、福津産春キャベツを使った「春キャベツぎょうざ」と、お鍋の具にもなる新商品の「海鮮もっちりポテ豚(とん)」。
また「地産地消」、しかも「できたての野菜でできたてのギョウザ」を食べてもらうことを大切に考える、社長の藤本大志さんは「世界遺産登録の際には何か考えたい…」とおっしゃってましたよ~。
楽しみです。

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17回目も粕屋郡久山町を歩きます。
2017年1月21日

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※写真は薩摩塔
久山町を2回にわたって案内していただいた久山町教育委員会の江上智恵さんに現在発掘作業が行われている重要な遺跡があると聴き、是非にとお願いし、案内していただきました。
この番組の「古代」から少し新しくなりますが国史跡にもなっていますので紹介します。
その史跡は中世の山林寺院の史跡、首羅山といいます。
標高288.9メートルの白山にあります。
本谷地区には五間堂という寺院の跡が残っています。この本堂の向きを調べてみると南北に向いており、南の方角には九千部山、そして大宰府・観世音寺とつながり、北は宗像大社につながる線上にあるんだそうです。
山頂地区には、祠を中心に不思議な形の塔、薩摩塔が二つと宋風獅子の像があります。
なんでも中国から商人や僧がもたらしたものだとか。
ここにはかつて350もの僧坊があったといわれます。

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「いせきんぐ宗像」。
正式には「田熊石畑遺跡歴史公園」の愛称を募集したら、小学生が「遺跡の王様だからいせきんぐ!」と、ネーミングしてくれました。
30000坪の敷地では、広場を中心に体験学習をしたり、福岡教育大の学生やボランティアによる寺子屋活動が行われてますが、今年は新しく「いせきんぐ宗像歴史講座」が始まります。
こだわりは人選!
「若手の研究者が“現場で掘ってリアルに感じている”ことをベースに、“既成概念や定説にとらわれない”大胆な説を展開してくれることを期待しての企画です」と、宗像市郷土文化課文化財係係長の白木英敏さん。
次回は2月18日と3月18日。詳しくは「海の道むなかた館」へ。
→ http://searoad.city.munakata.lg.jp/

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16回目も粕屋郡久山町を歩きます。
2017年1月14日

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※写真は斎宮
久山町には神功皇后関連のものがたくさん今も残っています。
先週歩いた天照皇大神宮の入り口近くには天照皇大神宮古宮跡があります。
文字通りかつてここにあった天照皇大神宮の跡です。
さらに1キロくらい北へ行ったところにあるのが斎宮です。
神功皇后は夫の仲哀天皇が託宣に従わなかったことから亡くなってしまいますが、その遺骸を一時安置するために斎宮を作ります。そして、託宣の聞き役である中臣の烏賊津連に夫にたたった神をきくためここに籠もります。
その託宣を聴く人~審神者(さにわ)が烏賊津連で、近くにこの方を祀った審判者神社もあります。
斎宮は地形的にみますと二つの川に囲まれたところにあります。
その香椎の方面から南下する入り口にあたるところにあるのが黒男神社(くろどん・じんじゃ)。後ろにはこんもりした山があります。
ここに祀られているのが神功皇后に仕えた武内宿禰。
つまり、ここで敵の侵入を防いだものと思われるのです。

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冬の「道の駅むなかた」のおすすめは「ふぐ」!「宗像は福岡で一番ふくの獲れるところですから」と、館長の山崎宏幸さん。
身がき、皮、くちばしがセットになってて、お買い得です。
また、寒ブリはお刺身だけでなく「しゃぶしゃぶもおいしいよ」と。
昨年から展開のおみやげコーナーも大好評で、今年は『すすき牧場』のむなかた牛を使った加工品や、新味の「めんべい」を計画中だそう。
宗像・沖ノ島と関連遺産群の世界遺産登録に向け、「できるものを今から作って対応していきたい」と、おっしゃってました。

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15回目は粕屋郡久山町を歩きます。
2017年1月7日

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粕屋郡久山町は神功皇后関連の場所がたくさんあります。
久山町猪野という場所にあるのが天照皇太神宮。
神功皇后の夫の仲哀天皇は託宣を聞かなかったために急死しますが、それは誰にたたられたのか、と皇后が天の声を聞くと天照大神だといわれます。
そこで、ここに天照大神を祀ったのが始まりだといわれます。
階段を少し上ると右手に高さ10メートル程の滝が現れます。その音と、高さ50メートルはあろうかという大きなスギの木立に囲まれて、霊気を感じます。
まず、拝殿があり、さらに石の階段を上がると本殿が現れ、さらに上段に建物跡があります。
何でも本殿は20年に1回遷宮があり、今は中段に本殿があるが、遷宮祭の時に上段に移されるのだとか。
現在あるお宮は伊勢神宮に模して立てられており、かつては「九州のお伊勢さん」といって茶店もたくさんあり賑わったそうです。

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福津市の新原奴山古墳群を散策するのにおすすめなのが「つやざき観光馬車」。
北海道生まれ大きな馬・オーロ君(体重約1t)が、心休まる蹄の音を立てて連れて行ってくれます。
馬車を運行しているむなかた乗馬クラブ馬車部部長の増田美佐子さんにご案内いただきました。
3m近くになる視点から見る古墳の迫力や曲線は、新鮮なおもしろさですよ~。
古墳コースの基本は1台貸切1時間ですが、時間延長も可能ですし、お得な乗合プランもありますので、相談してみてくださいね。
つやざき観光馬車→
http://junglefukuoka.com/service/horseclub/tsuyazakikankoubasha.html

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14回目は福津市の新原・奴山古墳群を歩きます。
2016年12月31日

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※写真は新原・奴山古墳群
今回は世界遺産登録をめざす「宗像・沖の島と関連遺産群」の一つ新原・奴山古墳群を歩きます。
福津市の勝浦から手光まで南北8キロ、東西2キロの範囲に前方後円墳5基、方墳1基、円墳53基が発見され、このうち41基が現存しています。
このうち最大のものが22号墳の前方後円墳で、これは宗像の君の古墳ではないかと見られています。
唯一の方墳は海岸に一番近いところに位置し、その下に広がる畑はかつて入り海だったところです。
ここに方墳があるところから、これを祀りの祭壇として使ったのではないかという説もあるそうですが、詳細は不明です。
古墳の中を歩きますと、ヤギが一頭、草を食べていました。何でも案内していただいた福津市の世界遺産登録推進係長の池ノ上宏さんの話では、最近はあちこちの古墳で、ヤギが雑草の処理をする手伝いをしているのだとか。
一面緑ばかりの中でのヤギの白さは大変目立つものでした。

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初詣では宗像大社(辺津宮)へ。せっかくですから、1回500円・空くじなしの福みくじにもチャレンジしてみては?
お掃除ロボットやお正月の縁起物など、担当神職さんこだわりの景品ラインナップです。
広報担当の権禰宜・鈴木祥裕さんが新年の良さを感じるのは、拝殿に日が当って屋根が輝いているのを見た時だそう。
また、おすすめは、社殿のない古代の祭を現代に継承する地・高宮斎場。仕上げは沖ノ島から出た国宝を神宝館で観賞いたしましょう!

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13回目は宇美八幡宮の続きを歩きます
2016年12月24日

宇美八幡宮のうぶゆの水まできました。今でもこんこんと湧き出ている清らかな水。
これを神功皇后は応神天皇出産の時に使ったといわれます。
「うぶゆの水」と名前を書いた石の碑があります。何でも広田弘毅が子供の頃に書いた字だとか。大変にうまい字です。
そばには産着をかけた衣掛けの森という樹齢二千年を超えるクスの木がそびえています。
境内にはもう一つ大きなクスの木があります。
こちらは「湯蓋の森」といい、形は風呂桶に上から蓋をした形をしています。
これも神功皇后が産湯を使ったことからきています。
そして、その横には湯方神社があります。これは神功皇后のお産を助けた女官を祀ってある神社です。
神社の裏側には胞衣ヶ浦(えながうら)という皇子のへその緒を埋納した場所もありますし、そのずっと先が「しょうけ越え」につながっていくのです。

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宇美町・四王寺山山頂にある毘沙門堂では、毎年1月3日に毘沙門天詣りが盛んに行われているそうです。
江戸時代ごろから続く風習で、お堂からお借りしたお金を翌年倍にしてお返しすると、金運に恵まれる…らしいです。
また、四王寺山は日本最古の山城=大野城のあとでもあります。
1周7~8kmもある、大きすぎて説明なしにはわかりにくいところもありますが、石仏がたくさんあるのを見てまわるのも面白いそうです。
宇美町立歴史民俗資料館館長の平ノ内幸治さんに教えていただきました。

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12回目は神功皇后と関係が深い宇美八幡宮を歩きます。
2016年12月17日

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※写真はうぶゆの水。碑の字は廣田弘毅といわれます。
粕屋郡宇美町の宇美八幡宮、ここは神功皇后が朝鮮出兵から帰って、子供の応神天皇を出産したところとして知られています。
境内は巨大な楠の木がたくさんあります。中でも神功皇后と関連の深い木が樹齢2000年以上といわれる衣掛の森。
神功皇后が出産の際、産衣をかけたといわれます。
境内を左回りに歩きますと、まず、本殿の横に現れるのが左程大きくはない槐(えんじゅ)の木。
神功皇后が出産の際、この木の枝をもって出産したといわれます。
そして、衣掛の森を右に見てその左の一段低くなっているところから水が湧き出ている場所があります。これが産湯の水。その横にあるのが湯の方神社。
お産を助けた女官を祀った神社です。
そして、さらにその横にはおびただしい小石が積んであります。
これが、子安の石といい、妊婦はここから石を預かり、安産ののち新たに自分の子供の名前を書いた石を加えて奉納するものです。

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宇美八幡宮の敷地内にある和菓子屋さん「季のせ(ときのせ)」。ここには安産と子育ての神様=宇美八幡さまにちなんだお菓子が並んでいます。
寒い時期の定番・人気商品は『いちご大福』。
「季のせ」のいちご大福は練乳餡。赤ちゃんのほっぺの様なやわらかさ、おかあさんのおっぱいの様なピンク、とろける餅とミルクといちごのハーモニー…。
お口の中でお母さんと赤ちゃんが笑ってるみたいな味です。
1月からは子安の石にちなんだ『うみもなか』も新発売です。
また、併設されているタイ焼きやさん「鯛笑(たいしょう)」の親子鯛焼も美味!神社とのご縁を大切にお菓子を提案する若きご主人・宮部圭吾さんがまた素敵です。

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