26回目、シーズン2の最終回は二人の市長が登場します。
2017年3月25日

世界遺産登録が決定するのは今年7月です。そこで今週は世界遺産登録をめざす宗像市と福津市の市長が登場します。
登録をめざす資産は(1)沖ノ島(2)小屋島(3)みかどばしら(4)天狗岩
(5)沖津宮遙拝所(6)中津宮(7)辺津宮(8)新原・奴山古墳群の8つです。
この内の7つが宗像市にあり、新原・奴山古墳が福津市にあります。
宗像市の谷井市長と福津市の原崎市長にはこれまでの活動をふりかえってお話を伺うと共に、決定後のプランも合わせて伺います。
古代の福岡を歩く、次回からのシーズン3をお楽しみに!

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九州国立博物館には「きゅーはく女子考古部」なる部活動があります。
顧問が考古担当研究員という豪華さ。古墳めぐりや古代食作り、土器や楽器も作ったり…。
マネージャーを務める企画課の西島亜木子さん、鮫島由佳さん、平山絵理子さんもすっかりハマって古代人…。
来年度=3期生も募集するそうです。詳しくは4月になって、九博のホームページをご覧ください。
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25回目も久留米市を歩きます。
2017年3月18日

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※写真は大善寺玉垂宮
神功皇后の足跡、久留米市にも数多く残っています。今週は高良大社付近を歩きます。
かつて三井郡という名前の由来になったという三井の三泉という井戸があります。
一つは先週紹介した益影の井、二つ目が味水御井神社(うましみずみいじんじゃ)の水、朝妻の井といいます。
ここには神宮皇后が高良山に登る際、水を所望したところここの水が大変うまかった、ということでこの神社の名前がついたということです。
澄んだ水が湧きでています。
三つめが高良大社の入り口付近にある御手洗の井。こちらは枯れていました。
高良大社の石畳を登っていきますと神護石という巨大な岩盤があります。
さらにその上の方に神功皇后が背比べをしたという背比べ石という1メートル程の岩もありました。
次に大善寺玉垂宮を歩きました。ここには神功皇后が朝鮮出兵から帰った後、船をつないだといわれる大きな古いクスの木がありました。
この木にはニナ貝が住み着いていました。神功皇后ゆかりの場所にあるクスの木に住むニナ貝、いつも不思議に思います。

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神功皇后の足跡がそのまま道の駅の名前になってました。
それが豊前市の「道の駅豊前おこしかけ」。
皇后が腰を掛けて休息した場所が名前の由来だそう。「宇佐神宮に向かう途中の休憩だった」と、観光案内所にいる史跡ガイドの村上訓江さんが教えてくれました。
で、この道の駅、デザート類がなかなか充実してました。
びっくりしたのは「ごぼうプリン」!特産の姫ごぼうを使った逸品。
営業統括マネージャーの長野隆行さんのおススメです。
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24回目も久留米市を歩きます。
2017年3月11日

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※写真は益影の井
久留米市の神功皇后の足跡をたどります。まず、赤司八幡神社にいきました。
神社の参道は西へ向かった長く続いています。鳥居が何本も建ったいますので昔はかなり広い敷地だったことがうかがえます。現在は200メートル四方くらいです。
ご祭神は宗像大社と同じ三女神です。ここには三女神が降臨したという伝承があります。
神殿は伊勢神宮と同じ神明造りです。
そして、神功皇后との関連をいいますと、この辺は日本書紀にいう神功皇后の出生地、蚊田郷といいます。さらに近くの大城小学校に応神天皇出産の際、産湯を使ったという井戸、益影の井もあります。
三女神降臨の伝承と神功皇后出産の地という二つのの伝承をもつ地区にあるのがこの赤司八幡宮です。

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久留米市田主丸町の「巨峰ワイン」。
耳納連山のすそ野に広がる森の中にあって、ぶどう畑や貯蔵庫を見学し、ショップで試飲・お買いもの、そして素晴らしい眺めのレストランで食事も楽しめます。
今年は、花摘みや袋かけ、収穫などワイン作りの体験も考えているという、お客様部部長の川島教朋さん。
実は、日本で初めて巨峰の栽培に成功したのがこの地であることも教えてくれました。

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23回目は久留米市を歩きます。
2017年3月4日

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※写真は評議岩からの眺め
唐津市神集島の高崎正幸さんの案内で神集島を回りました。島の一番高いところでおよそ標高80メートル。
その一番高いところにいく途中に居城(いじろ)という神功皇后がしばらくとどまったという場所がありました。
お城の城壁のような大きな石がおよそ30メートル程積み上げたようなところでした。
その頂上の部分にあたるのが評議岩という場所です。
大きな広場になったところに長さ5メートル、高さ2メートル程の大きな岩があるところです。
ここで神功皇后の重臣達が朝鮮出兵の会議を開いたところだといわれます。
はるか海の彼方に壱岐の島が見える場所です。その先は朝鮮半島です。
そこからちょっと下がった場所に神功皇后の行水に使ったという一年中枯れない水がありました。
神集島は神功皇后のへその緒を祀った麿王神社だとか、応神天皇を出産した後休んだ場所だとか、たくさんの神功皇后の伝承に満ちあふれている島でした。

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地島はヤブ椿の自生地。1月~3月が花の時期ですが、海が安定してフェリーで渡りやすい3月に「椿まつり」が開催されます。
宗像市元気な島づくり課係長・原一寿さんに教えてもらいました。
春はワカメやメカブといった海藻類もおいしい季節。ぜひ地島で海の幸三昧を楽しみましょう。
お天気がよければ沖ノ島も見えますよ~。

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22回目も唐津市の神集島を歩きます。
2017年2月25日

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※写真は神集島
唐津市の神集島は神功皇后が朝鮮出兵の際に軍船を糸島半島から壱岐、対馬へと進める途中立ち寄った島の一つです。
島には神宮皇后伝承が満ちあふれています。
島の周囲は6.5キロ。高いところで85メートルです。お椀を伏せたような島です。
現在島の人口は350人です。
御案内を神集島区、区長の高崎正幸さんにお願いしたのですが、島の隅々まで知り尽くしている方だけあって神集島のあらゆるご紹介をしてくださいました。
まず、島の入り口にあるのが神功皇后と強い結びつきのある住吉神社。
鳥居は海の中にあります。
神社近くはハマユウの群生地になっていて、6月頃はとても美しい花をつけるそうです。現在はアロエが群生していて朱色の花をつけていました。
そして、驚いたのはここに元寇の碇石が置いてあったことです。
何でも近くの海で見つかったものだとか。
そして、この島は万葉の歌碑が7つもあるという島でもありました。

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福津の新原奴山古墳群から車で3分ほど(歩いても10分)のところに「谷口観光いちご園」があります。
谷口知文さんの愛情の下、あまおう・さがほのか・おいCベリー・もういっこ・べにほっぺの5種類が、上下2段の棚に栽培されています。
車いす用の幅広レーンも用意され、30分食べ放題!お持ち帰りも可能です。
5月末までいちご狩りが楽しめますよ~。
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21回目は粕屋郡粕屋町の粕屋評衙~阿恵遺跡を歩きます。
2017年2月18日

粕屋評衙というのは7世紀末に作られた郡の役所のことです。
場所は九州大学農学部の付属農園になっているところです。
粕屋西小学校の正門の前付近の畑や空き地なっている部分です。
ここに正倉とい税であつめた米を保管するための倉庫が10数棟建っていたそうです。
同時に役所、政庁もありました。役所は幅4~5メートル、長さ40数メートルという学校のような建物が数棟あったとみられています。
遺跡の北には大宰府官道が走り、さらにこの官道から直角にまっすぐにのびる別の道路が見つかっています。
その道路の延長線上に宇美八幡があり、ショウケ越えがあるそうです。
宇美八幡もショウケ越えも神功皇后と関わりのある道、この辺が面白いですね。
そして、阿恵遺跡の阿恵という名前は相ノ島のことだそうで、どうも相ノ島の海人族がこの辺に住んでいたのではとみられています。

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「光の道」のTVCMですっかり有名になった宮地嶽神社の参道。
道が海につながる福間海岸に「夕陽風景時計」が設置されています。
何月何日何時ごろ、どこに夕陽が沈むのかがわかる…星座早見表の夕陽版、って感じです。
「誕生日や記念日の夕陽を確認して楽しむのもいいですよ」と言う、考案者で福津市にお住まいの緒方義幸さんにお話をうかがいました。

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20回目は神功皇后朝鮮出兵前の足跡を辿ります。
2017年2月11日

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※写真は香椎御島
神功皇后は朝鮮へ出兵する前にまず香椎宮の西側の海岸で髪占いをやります。
頭を海水でそそぎ、「もし霊験があるなら髪がひとりでに別れて二つになりますように」と海のよびかけます。
この髪占いを行った場所は香椎浜の御島のことであるといわれます。現在は海中に鳥居があって付近に小さい岩がいくつかあります。
こうして髪を海水に浮かべたところ、ひとりでに別れて二つになったといわれます。
そのあと、群臣たちと和白で軍議を開きました。そして宗像を歩きます。
宮地嶽神社へ行き、神湊から大島にも渡っています。
どうやら海を渡るため、海神族である宗像族、安曇族を味方にするためであったといわれます。
そして、志賀島の安曇の磯良を水先案内人として朝鮮半島へ向けて出航することになるのです。
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現在「鐘崎 天然とらふくフェア」が、宗像市・福津市・北九州市・岡垣町・宮若市で開催中です。
地元ならでは!の極上品をリーズナブルにいただくチャンスです。
宗像漁業協同組合の代表理事組合長・中村忠彦さんに教えていただきました。
中村さんはふくの鍋の後の雑炊が一番お好きだそう。
また、超レアなふくの「白子酒」も絶品だそう。
ふく漁には、事故のないよう、また資源を守るために厳密なルールが決められています。
鐘崎の漁師さん達の気合と思いが、ずっしり伝わってきます

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19回目も九州国立博物館で開かれている「沖の島と大和朝廷」展を掘り下げて みていきます。
2017年2月4日

沖の島の祭祀遺跡は沖の島にある巨大な石を中心に4つの段階に分類できます。
その一つ一つの段階を見ていき出土品に注目してみていきます。
金製の指輪や金銅製竜頭は勿論注目されますが、中でも興味を引くのは滑石製の子持ち勾玉です。
勾玉の形をしたものでお腹の部分にもう一つの小さな勾玉をもっているものです。
これは沖の島に特徴的な出土品で大和朝廷と密接な関係があった奈良県三輪山山麓で出土するものだそうです。
つまり、沖の島と大和朝廷を結ぶ重要な出土品といえます。
もう一つは車輪石です。これは2枚貝のオオツタノハを真似て作ったものでこれも権威の象徴だった貝の装飾品を模して作ったものです。
素材は福井・新潟でとれる碧玉、でデザインは南の島の貝、大和朝廷の人たちはこういったものを組み合わせて新しいものを作っていったんだそうです。

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九州国立博物館で開催中の「宗像・沖ノ島と大和朝廷」特別展に合わせて、ミュージアムショップも古代史関連グッズが充実しています。
担当の平田美紀さんに人気の商品を教えてもらいました。
まずは文具。人気のますて=マスキングテープをはじめ、古墳型クリップ「くりっ墳(ぷん)」や古墳型付箋。また素焼きのミニチュア埴輪も人気だそう。
沖ノ島の海水から作った塩を入れた、粋工房製作の朱色のガラス「沖ノ島朱(あか)」シリーズや津屋崎人形もありますよ。

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18回目は沖の島と大和朝廷との関係をさぐります。
2017年1月28日

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※写真は新原・奴山古墳
太宰府市の九州国立博物館では現在「沖の島と大和朝廷」展を開催中です。
そこで知りたいのは、何故沖の島と大和朝廷が関係があるのか、です。
その歴史的背景を理解してみると見方が全く違ってきます。
案内していただいたのは九州国立博物館の展示課研究員の小嶋篤さん。
小嶋さんは当時の大和朝廷と朝鮮半島との国々との関係などから朝鮮半島に近い沖の島で祭祀が始まったとみています。祭祀の目的は航海の安全と国家の安寧です。
そして、それを証明するのが数々の出土品。大型の70面を越える青銅鏡などは畿内の首長墓から出土するところから沖の島の祭祀の主体が大和朝廷であるのがわかります。
そして、その祭祀を行ったのが宗像の君といわれる海洋族。
その宗像の君のお墓が新原・奴山古墳群になるわけです。
新原・奴山古墳、今はあまり騒がれもせず、静かにゆっくりと見学できます。
新原・奴山古墳を先に見学してこの特別展を見るとまた違った角度で楽しめます。

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宗像・沖ノ島と関連遺産群の世界遺産登録を応援している「ぎょうざの山八」。
本店と工場は福津市中央4丁目にあります。
さらに新原奴山古墳群の近くで野菜も育ててらっしゃいます。
副社長の渡辺克也さんのこれからのオススメは、福津産春キャベツを使った「春キャベツぎょうざ」と、お鍋の具にもなる新商品の「海鮮もっちりポテ豚(とん)」。
また「地産地消」、しかも「できたての野菜でできたてのギョウザ」を食べてもらうことを大切に考える、社長の藤本大志さんは「世界遺産登録の際には何か考えたい…」とおっしゃってましたよ~。
楽しみです。

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17回目も粕屋郡久山町を歩きます。
2017年1月21日

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※写真は薩摩塔
久山町を2回にわたって案内していただいた久山町教育委員会の江上智恵さんに現在発掘作業が行われている重要な遺跡があると聴き、是非にとお願いし、案内していただきました。
この番組の「古代」から少し新しくなりますが国史跡にもなっていますので紹介します。
その史跡は中世の山林寺院の史跡、首羅山といいます。
標高288.9メートルの白山にあります。
本谷地区には五間堂という寺院の跡が残っています。この本堂の向きを調べてみると南北に向いており、南の方角には九千部山、そして大宰府・観世音寺とつながり、北は宗像大社につながる線上にあるんだそうです。
山頂地区には、祠を中心に不思議な形の塔、薩摩塔が二つと宋風獅子の像があります。
なんでも中国から商人や僧がもたらしたものだとか。
ここにはかつて350もの僧坊があったといわれます。

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「いせきんぐ宗像」。
正式には「田熊石畑遺跡歴史公園」の愛称を募集したら、小学生が「遺跡の王様だからいせきんぐ!」と、ネーミングしてくれました。
30000坪の敷地では、広場を中心に体験学習をしたり、福岡教育大の学生やボランティアによる寺子屋活動が行われてますが、今年は新しく「いせきんぐ宗像歴史講座」が始まります。
こだわりは人選!
「若手の研究者が“現場で掘ってリアルに感じている”ことをベースに、“既成概念や定説にとらわれない”大胆な説を展開してくれることを期待しての企画です」と、宗像市郷土文化課文化財係係長の白木英敏さん。
次回は2月18日と3月18日。詳しくは「海の道むなかた館」へ。
→ http://searoad.city.munakata.lg.jp/

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