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第22回 古賀市船原古墳からまたまた馬具が
2015年3月1日
150301-1

2年前に金銅製の馬具が出土し一躍注目を浴びた古賀市の船原古墳。
今度は別の埋納坑からまた馬具が出土しました。その最新情報です。
前回は金銅製歩揺付き飾り金具という、馬の後ろ側にとりつけ、馬が歩くと花弁型の飾りが光を反射しながら揺れるという装飾品は注目されました。
今回見つかったのは鉄製の轡が5点。されに注目されるのはこの古墳は当初円墳とされたのが再調査の結果、前方後円墳ということが分かったことです。
ということは、この古墳の被葬者がかなり地位の高い人物で中央の大和王権とつながりのある人物だということです。
そして、出土品の数点は新羅の影響を受けている点。
当時、倭国と仲が悪かった新羅の影響とは、話を聞いた古賀市教育委員会の森下靖士さんはこの件について興味ある話を聞かせてくれました。
(津川洋二)

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鹿部田渕遺跡=みあけ史跡公園

古賀市の鹿部田渕遺跡跡では、古墳時代後期=6世紀中ごろ~7世紀初めにここにあった建物の柱跡に柱を立てて、当時をイメージできるようにしています。
この遺跡の発掘も担当した古賀市教育委員会文化財係の甲斐孝司さんは、ここが掘立柱建物(総柱建物と側柱建物)であり、規則正しい配置になっていることなどから、
「一般的な集落や豪族の居館というより、もっと公的な昨日の高い建物群だろう」と推測なさっています。
花鶴川の河口も近く、近隣にある永浦古墳から朝鮮半島系の遺物が出ていることや半島系の墓性を取りこんでいること、
鹿部田渕からも5世紀代の半島系の土器が出ていることなどから、港を管理するような施設だったかも…?という可能性だってあります。
鹿部田渕遺跡から花鶴川へ向かい河口まで下って、古賀の海岸に出る散策コースをとると古代ロマンが広がりますよ~。
そして、本編で紹介した「船原古墳」を通る(学芸員さんの解説あり)ウォーキングイベント『古賀を歩こう』が、3月21日(土・祝)に行われます。是非ご参加を!
→ http://www.city.koga.fukuoka.jp/cityhall/work/shogaku/027.php

放送内容を聞く(MP3)

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