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第19回 百済と倭国との交流
2015年2月8日

朝鮮半島では、かつて高句麗、新羅、百済と3国に分かれた時代がありました。
この内、当時の倭国と最も友好的な国は百済でした。
仏教を倭国にもたらしたのは百済です。そんな百済と倭国との間の交流を探ってみました。丁度今太宰府の国立博物館で「古代日本と百済の交流」展が開かれていますので
その主な展示物から国立博物館の展示課主任研究員の岸本圭さんに話を伺いました。
その一つは奈良の石上神宮の七支刀です。門外不出でめったに目にすることができないものです。
四世紀の後半にこの神社にもたらされ、倉の中に長い間眠っていたものだとか。
長さ75センチもあるもので中心の刀身から段違いに左右に3本づつ枝刃がでています。
そして刀身の裏表に61文字の金象嵌がほどこしてあるというものです。
そして6世紀になって、百済は仏教を倭国に伝えるのです。
当時百済は北の高句麗から攻められ、倭国に軍を要請したかったからだとか。
しかし、そんな百済も7世紀になって唐と新羅の連合軍に攻められ滅亡してしまうのです。
(津川洋二)

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宮地嶽神社の夕陽
玄界灘に向かってまっすぐ延びる宮地嶽神社の参道。その真正面、参道~鳥居~海~相島の奥に夕陽が沈んで、参道がオレンジ色に輝く…。
そんな幻想的な風景が年に2回、10月20日ごろと2月10日ごろに見られます。案内してくれた福津市商工観光課の井上真智子さんもその夕景のファンの一人。
その時期は、名前も知らないけど顔を見れば「夕陽の人だ」と分かり合える「年に二度集まる親族会」みたいな雰囲気で人が集まってくるとのこと。
写真を撮るにもおすすめだそうで、陽の沈みかけの時間帯は影が長く伸びて、人が歩くと風情があるそうです。
また海の近くまで行くと鳥居と夕陽のアップが撮れるそうで、これまたステキ。
「福津ブランド=福津に来て味わえる景色やそこに流れる空気」という思いで、夕陽写真を撮ってPRに努めていた井上さん。
実は、この夕陽がきっかけで結婚なさったそうなんですよ~。プロポーズも参道の一番上。ああ、縁結びの夕陽だわ

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